天誅組・・・2
昨日のBLOGを見た我孫は「この字(天誅)・・・何と読むんや?」と訊ねておりました。
さもありなん・・・ましてや「意味」なんて判るわけもありません。

我々年寄は永年生きて来た結果、それなりに読んではいますが、日本語には「読めない字・判らない言葉」が多すぎます。
それをまた善しとして喜んでおられる向きもあるようですが、決して良いことではありません。
読めない名前や地名・・・我国独特の文化や!と喜べますか?

さて、今日の散歩記事を書くに当たっての、「前置き」です。
「尊皇攘夷」 って読めますか?・・・文系の方は問題ないでしょうが、私のような理工系の人間には無縁の文字でした。
ところが、パソコンのFEPにはチャンとありました、「そんのうじょうい」⇒【変換】してみてください。
意味は【検索】で種々でてきますから、じっくりとお読みになってから今日のBLOGをご覧ください。

昨日の岡八幡宮に集結した天誅組の一行は、8月17日夕方・五條代官所を襲い、代官ら5名を討ち陣屋に放火します。(和州騒動の図・名張市関連区所蔵)
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上図・・・右下は「炎上する代官所」・・・中央やや左下・「桜井寺」と読み取れます。下・移築された代官所の長屋門
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見事な造りが残っています。
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代官所を焼き払った天誅組の一行は、近くの「桜井寺」に本陣を構えます。
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ここ桜井寺に「御政府」の看板を掲げて意気揚々に見えたのですが、後ろ盾の公卿らが・京都の政変で失脚(七卿落ち)していました。
つまりたった一日で「逆賊」になってしまったのです。どうして京の状況が読めなかったのでしょうか?
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文久3年9月17日・五條代官・鈴木源内の首を洗った・・・とされる手水鉢・・・但し、立て札の日付(9月)には修正跡があります。旧暦8月?
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鈴木源内ら5名の墓は、桜井寺から北西に5分ほどいった極楽寺墓地にあります。
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五條市立霊園では、他の文化人共々手厚くお守りしています。
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「五條市」がこのように扱っていることにたいして、何かがこみ上げてくる様な嬉しさを感じました。
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今は萩の花が美しいシーズン、代官所の皆さんに献花です。
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明日は「逆賊」となった天誅組の逃走経路を追ってみます。
by ikomasanroku | 2008-10-06 17:26 | 歴史街道
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